月刊『科学』2012年3月号
《科学の限界》特集
巻頭エッセイ

               大人ができること
    
                                      藤村靖之 Jふじむらやす

非電化工房代表/日本大学工学部客員教授(工学博士)

   

 2011311,福島第一原発でレ ベル7の事故が起きてしまいました。僕は 打ちのめされました。原発事故を危惧し,本気 で原発建設に反対してきたつもりだったからです。 本気度が足りなかったことにも思い至りました。 打ちのめされながらも,放射線量だけは測ってい ました。この町の子供たちのことが気がかりだっ たからです。

 はじめは楽観的でした。僕たちが住む栃木県那 須町は,原発からは南西の方向に!00kmも離れ ている上に,原発周辺の風は真南や北西に向かつ で吹いていることがわかって・いたからです。とこ ろが,真南に運ばれた放射性物質は,やがて東風 に乗ってこちらに向かってきます。北西に運ばれ たものも南向きにカーブしてこちらに向かいます。

 3I1日に0,05(マイクロシー-ルト/)だった空 間放射線量率は,0.2,0.4,08 ……と日ごとに 上がり続けます。土壌表面の放射能汚染度も200 (ベクレル/kg), 400,800,……と急上昇します。の町に永く住む子供たちの安全を,何もしないで も守れるレベルは超えたと思わざるを得ない値に, やがて至ります。福島市と大差のない放射線量で す。チェルノブイリ原発事故後に目の当たりにし たべラルーシの子供たちの姿と,この町の子供た ちの未来が重なりあって見えるような気分におそ われました。紛れもなく僕たち大人が引き起こし た原発事故で,子供たちが被害を受け続けるのは 理不尽です。なんとかしないと……と考えている うちに気持ちがシャンとなりました。
     
 
411,那須町で緊急講演会が開かれまし た。広い会場は満員の聰衆で埋まりました。子を もつ親たちの多くが放射能に脅えていたからです。他県への移住を真剣に考えている家族も少なから ずいらっしゃいました。生後1カ月の乳幼児の 母親は,「母乳を介して幼児が放射能汚染する ……という友人からの忠告にしたがって授乳を止 めているが,本当に授乳し・てはいけないのか」と 涙ながらに問いかけます。「奇形児が生まれるか ら結婚はできない」と揶揄された20歳の女性は 「本当に結婚できないのか」と涙を流しながら質 問します。突然の放射能汚染に見舞われ,「どう なるかわからない」「どうして・いいかわからな い」のですから脅えるのは当然のことです。原発 に依存しなかヾらも放射能のことがまったく学ばれ なかった,この国の知性の有りようを改めて痛感 しました。

 だから僕は,「この町はすでに低濃度放射能汚 染されてしまった。なにも対策しなければ子供た ちの安全を確実に守ることは離かしい。勇気を出 してそのことを認めよう。そして覚悟を定めよ う」と呼びかけてみました。どういう覚悟かと言 うと,「この程度の低濃度汚染であれば,大人の 力で子供の安全を守ることはできる。そのことに 徹しよう!」という覚悟です。集まった大人の覚 悟は速やかに定まったようです。そして,59 日には住民プロジェクト『那須を希望の碧にしよ う』のキックオフ講演会開催に至ります。500人 規模の住民プロジェクトがスタートしました。

 出し合った何百万円かのお金で放射線測定器を たく亨ん購入しました。最も信頼度が高いと考え た測定器に統一しました。放射線の測定は機種に よって大きくばらつくからです。疑念が生じるよ うな測定では対策そのものが非科学的になって遂 には挫折してしまうことをおそれたからでもあり ます。放射線被曝についての勉強もしっかりとや っていただきます。とかくヒステリックになりが ちな住民運動を理性的なものに留めたかったから です。子供部屋リビングルーム・家の庭通学 路・公園・校庭・野菜・土・水……,計測の講習 を受けた人たちが気がかりなところをすべて測定 します。最終的には1000人以上が数十台の計器 で至るところを測定しました。町全体の99%が 要対策地域であること,子供の外部被曝量の約 80%は自宅の室内における被曝であること,室 内の放射線量は周囲の地面と屋根の上の放射性物 質からの放射線が壁と屋根を貫いてきたものがほ とんどであること,……子供たちの外部被曝状況 は隈なく明らかになりました。

そして外部被曝対策に進むのですが,除染の困 難さという壁に突き当たります。当初の楽観を戒 められて研究を重ねた結果,除染のテクニックも 徐々に身に着きつつあります。予断は許されませ んが,可能性が仄かに見えてきたようです。

野菜や穀物の放射能汚染度も調査し,子供たち の内部被曝についても分析しました。畑の土壌の 汚染度や,土壌から野菜への放射能移行係数も調 査し,当地で生産する野菜や穀物の放射能汚染度 を下げる研究も始められています。野菜や穀物に 含まれる放射性セシウムは1屈あたり37ベクレ ル,牛乳は10ベクレル以下を守ることを申し合 わせ,住民と生産者と行政とが力を合わせて活動 を進めています。3710は「安全の基準」では なく「納得の基準」であることは申すまでもあり ません。

「危険だ,逃げろ!」という意見が主として市 民活動を担っている方から多く寄せられました。 「100ミリシーベルト以下は安全だ,気にする な!」という意見が放射線医学の専門家や国から 発せられました。日本中が両極端の意見の狭間で 翻弄され続け・できたような印象があります。「安 全か危険か?」「100ミリシーベルトか1ミリシ ーベルトか?」といった議論がこの那須町でも当 初は盛んに行われました。しかし,議論を続けて いる間は大人に行動は生まれず,子供の被曝量は 積み重ねられることに気づきました。永久に結論 が出ないであろうこの種の議論をしている余裕を 僕たちは持ち合わせていません。だから,僕たち はこの種の議論を止めることにしました。高名な 学者と企業と政府とが「科学的に証明されていな いから原因ではない」と論陣を張り被害を徒に拡 大してきたこの国の残念な風習は,水俣病や薬害 エイズなど枚挙にいとまがありません。その愚を ここで再び繰り返すことに僕たちは反対します。

 大人の力で子供の安全を守ることが本当にでき ているのか? 結果は何年か先にならないとわか りません。子供たちの被曝障害を完全にゼ口にす ることは,きっと叶わないことなのでしょう。で も,大人が力を合わせ・て科学的に努力すれば,努 カしただけゼロに近づけることはできると,僕た ちは信じています。それが原発事故を起こしてし まった大人たちの最低の責任だと僕たちは思って います。