「テクテクノロジー革命 〜非電化とスロービジネスが社会を変える」(大月書店)

はじめに 辻信一 より抜粋
     

 テクテクノロジーとは何か。それはスローなテクノロジーのことだ。まずは、ドイツに昔から伝わる「魔術師の弟子」というお話をきいてほしい。

 魔術師の弟子になったフンボルトはある時、先生の留守中に覚えたての魔法を使ってほうきに水くみをさせようとする。自分でそうじをするのがめんどうくさかったのだ。働きはじめたほうきはせっせと水をくみ上げる。そこで、はたとフンボルトは気がついた。かけた魔法をどうやって解くのかをまだ習っていなかったのだ。ほうきがくみ上げ続ける水で家は洪水になってしまう。

 昔の技術はとても長い時間をかけて生み出された。何十年、何百年、時には何千年という時間をかけて。試行錯誤を繰り返しながら。昔の技術はそうやってゆっくり進歩した。しかし、そのペースが二百年ほど前から急速に加速する。ペースが速ければ速いほど、科学技術は魔法に似てくる。今ではもう試行錯誤なんてのんびりしたことを言っていられない。どうやって解くのかわからない魔法をどんどんかけるようなものだ。変化のスピードが速すぎて、どこで誰がどんな技術を開発しているのか、もう誰にもわからない。

 現在世界中で、毎週、わかっているものだけで十万種類の新しい化学物質が人口的につくり出されているそうだ。 その一つひとつが安全かどうかを調べるのには一年も二年もかかる。これじゃとても追いつかない。あっという間にあのフンボルトが引き起こした洪水みたいに、世界中が化学物質の洪水になってしまう。しかしフンボルトの場合とちがうのは、これがたとえ話ではないということ。事実ぼくたちの地球はありとあらゆる汚染物質の洪水だ。

 

魔法をかける前に、どうやってその魔法を解くか、を魔術師たちは知っておかなければならない。では、科学者や技術者は、どうすればいいか。藤村靖之さんは「悪いことが証明され、法律で禁止されたら。渋々やめる」日本方式と、「悪いとわかっていることをやらないのはもちろん、いいとわかっていないことはしない」スエーデン方式を紹介したうえで、スエーデン方式にしか未来はないと考える。

 日本ばかりではない。現代世界の科学技術の主流はこのスエーデン方式にあらゆる場面で反対し、抵抗してきたと言っていい。「一週間に十万」という猛烈なスピードを維持し、さらに加速するのが科学技術の進歩であり、その一つひとつの安全性をじっくりと検証するためにペースを減速するのは、大きな後退だ、というわけだ。

 藤村さんは自分の原則を、社会の趨勢に反してスエーデン方式、つまり「いいとわかっていないことはしない」とした。それは安全確認のために多大な時間を割きながらゆっくりと進むスローなサイエンスと、スローなテクノロジーを選ぶことを意味する。テクテクと人間らしいペースで進む科学技術、それがテクテクノロジーだ。

 

 

(途中略)

 アインシュタインはこう言ったそうだ。「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセット(型にはまったものの見方・考え方)のままで、その問題を解決することはできない」。

 地球温暖化をはじめとする深刻な環境危機を前に、しかしぼくたちはいまだに、その危機を引き起こしたのと同じマインドセットで、問題が解決できるかのように思い込み、ふるまっている。化石燃料がだめなら原子力で、石油がだめならバイオ燃料で、食料危機なら遺伝子組み換えで、「経済成長」が問題なら「持続可能な成長で」、という具合だ。油まみれ、電気まみれのマインドにはビジョンは現れない。

(途中略)

 ぼくはここでもう一度尊敬する友人として、またファンの一人として藤村靖之さんと向かい合いたいと思ったのだ。そしてテクテクノロジーにふさわしいたっぷりとした時間を共に過ごすことによって、非電化の思想に導かれながら、「豊かさ」幻想を突き抜け、その向こう側にビジョンを描いてみたいと。

 

 

 

    
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