9912 1日 / 「ナキウサギの歌が聴こえる!」

 アメリカインディアンの考え方や生活習慣を学ぶ若者が増えているのだそうです。 アメリカで最近耳にした、ちょっといい話です。 「どんなことも7代先まで考えて決める」アメリカインディアンは、自然との共生という、エコロジーの原点を体現する最たる存在‥‥‥ということは、よく知られた話です。 共生とは対極の、“支配の論理”を体現してきたアメリカ人が、共生派のアメリカインディアンの物の考え方や生活習慣を学び始めたというのですから、「そうこなくちゃ!」と嬉しくなりました(インディアンをライフル銃で殺戮したのは誰だよ‥‥‥なんていう、了見の狭い感想も同時に浮かんでしまいましたが‥‥)。 そこで、「インディアンとエコロジー」の話をしようと思って書き始めたのですが、インディアンからアイヌ、アイヌからナキウサギ‥‥と連想が走って、「もう穴ごもりを始めたな‥‥」なんて思ったら、ナキウサギの話を先にしたくなってしまいました。 インディアンの話は先に送ります。

 ナキウサギ――ご存知ですよね。 日本では、大雪山の高山帯などの限られた寒冷地の岩場だけに生息する、小さなウサギです。「ピッピッ」と可愛い声で鳴くので、ナキウサギというのだそうです。200万年前、氷河期に大陸と日本列島は陸続きになり、マンモスなどとともに、陸橋となった宗谷海峡を渡って北海道へ到達し、氷河時代が終わったのちも北海道に残った数少ない生き物として、自然保護に関心のある方には、昔からポピュラーな存在でした。 私も、その程度のことを知っているだけで、特別の関心を持っていたわけではありませんでした。 それが、6年前に、「ナキウサギ」と題する写真集を手にしてから、特別な存在になってしまいました。丹治茂雄さんと千葉圭介さんという二人の写真家の手になるこの写真集(講談社刊)は、強烈です。大雪山の広大な高山帯は「カムイミンタラ」といい、先住民のアイヌの言葉で、「神々の遊ぶ庭」を意味するそうですが、お二人の写真は、ナキウサギの無垢な姿を前景に配することによって、「カムイミンタラ」を見事に撮し取って、見るものに、自然というものの深い深い意味を伝えてくれます。

 写真家というのは、凄まじいな‥‥‥と感じることがあります。若いころ、入江泰吉さんが撮した、奈良の仏像――興福寺の阿修羅像とか、秋篠寺の伎芸天とか――に魅せられ、写真ですらこんなに魅力的なんだから、本物はさぞかしと、奈良のお寺通いをしたことがあります。幻滅しました。ただの薄汚い仏像でしかない。こんなはずはないと、一年ほど、しつこく通っているうちに、やっと、一瞬“写真の仏像”に遭遇して、震えました。 後で知ったのですが、入江泰吉さんは、一枚の写真を撮るのに、アングルを決め、自分のイメージの光の訪れを、時には、3ヶ月くらいは待ちつづけるのだそうです。 丹治茂雄さんと千葉圭介さんは、極寒の大雪山にこもり、5年間かけて、「ナキウサギ」を完成させたのだそうです。 “ナキウサギ”を撮すのでしたら、もっと簡単なのでしょうが、「カムイミンタラ」を撮すとなると、背景の自然と、光と、ナキウサギの表情と‥‥すべてがピタリと決まる時を待ちつづけるのでしょう。 凄まじいものですね。

 ナキウサギは、「ナキウサギ裁判」が報道されて、すっかり有名になりました。 士幌高原道路建設が決定され、ナキウサギの(生息地の環境が破壊されて)絶滅が懸念される事態になりました。1995年の夏のことです。 このニュースに驚いた女性7人が立ち上がり、反対運動を開始しました。この女性達の熱意は全国に伝わり、学者や政治家をも巻き込んで熱く展開されました。 3年前の丁度今ごろから始まった「ナキウサギ裁判」も、今年の春には、北海道知事が工事計画中止を発表して、めでたく決着がつきました。 ナキウサギのいるカムイミンタラは守られたようです。 諫早湾のような、残念な結果になった例は枚挙に暇がありませんが、一方で、ナキウサギにみられるように、共感がエネルギーを生んで、大きな結果を生み出す感動的な例が、最近増えてきました。 「共感がエネルギーを生む時代」ですね。 面白くなってきました。

 アメリカインディアンとアイヌ民族の間には、考え方や儀式や風習に、驚くほど多くの共通点が見られます。 例えば、アメリカインディアンの、ビジョンクエスト。 大いなる自然に溶け込めば、木々のざわめきや鳥のさえずりが、大いなる神秘のメッセージを届けてくれる‥‥という、あれです。まったく同じような儀式が、アイヌ民族にもあります。 このビジョンクエスト、最近アメリカの若者もよく試みるそうです。 昔、私もやってみたことがあります。 なにもメッセージは届きませんでしたが、心は洗われました。 そこで、提案。 ナキウサギが穴から出てくる頃(4月くらいかな?)、カムイミンタラで、ビジョンクエストを、どなたか一緒にやってみませんか(今度はメッセージが届くかな)?