2000年7月29日 / 「西堀栄三郎さんの思い出」

 「南極に行こう!」‥‥と、NGO仲間の大学生たちと盛り上がってしまいました。まだ訪れたことのない処で、一番行ってみたいのが南極です。何百回も外国に出かけて、“地球”をだいぶ実感できるようになってきたのですが、南極に行ってみないことには、なにか半端な気分だからです。それと、西堀栄三郎さんの話しを聴いて胸を打たれた影響も大きいようです。大学生たちに、西堀栄三郎さんの思い出話をしてあげました(私達の世代と違って、彼らは西堀栄三郎さんを知りませんでした)。

  西堀栄三郎さんは、第一次南極越冬隊長で、ヒマラヤ登山隊の隊長も務めた立派な方です。好奇心・冒険心が旺盛ですから、南極やヒマラヤにおける業績で知られ、冒険家だと思っている方が多いかもしれませんか、実は学者で、品質管理の大家なのです。 

 その西堀栄三郎さんとお話しをする機会を得て、素晴らしいことを教えていただきました。小松製作所(現コマツ)という会社で、研究開発のリーダーを務めていた頃のことです。厳寒の地・南極では、雪上車はまさに命綱です。故障しようものなら、即座に死が待ち構えています。それを、コマツ製作所がつくり、南極越冬隊には、必ずエンジニアが同行するという親しい間柄だった関係で、研究所に何回かお見えになりました。その時にお話ししてくださったのは、まず南極がいかに極限の世界かということです。いつでも死と隣り合わせ、一瞬の油断でも命を失ってしまう。特に最初の頃は困難が多く、雪上車はもとより、いろいろな機械、無線機‥‥なにから何まですべてに命がかかっている。それだけに最も重要なことは、日本にいる時に人知の及ぶ限り、絶対に故障しないように吟味の限りを尽くすことなのだそうです。命がかかっているから、真剣さが違うのだとおっしゃいました。品質管理の大家でもありますから、その目でどう考えてもこれ以上はないものを選んで持っていくわけです。

   ところが、それでも故障が発生する。それは、ときには雪上車であったり、無線機であったり、暖房機の場合もあります。雪上車と同様に、暖房機が故障したら、当然命はありません。最新鋭・世界一という機械ばかり持っていっても故障はおきてしまう。

   問題は、ここからです。いざ故障が起きた場合、気持ちの切り替えが決定的に大切なのだそうです。「なんだ、こんなところで故障しやがって。つくったのは誰だ、けしからん‥‥」とか、「ああ、別な機械を持ってくれば良かった‥‥」という気持ちになったら、もうおしまいで、直るものまで直らなくなってしまう。あとは死の世界が待ち受けている。 そうではなくて、「日本にいる間、自分たちは力の及ぶ限り世界一のものを選んだじゃないか。これ以上のものはあり得ない、宇宙のどこを探しても存在しない。それでも故障したのだから、全力で直すしかないじゃないか‥‥」と考えることが大事だというわけです。そういう気持ちになると、人間はたくましい。今度は自分たちの“100%以上の能力”で、直すことにエネルギーが集中するのだそうです。すると、普通は直らないはずのものが、この極限状態の中で直ってしまうのだそうです。 

  「そういう気持ちになれるかなれないかは、出発前にどれだけ命がけで世界一のものを選ぶかにかかっている。手を抜いてはいけない。そこで自分の全力を尽くしきることが、生と死の分かれ目になる。自分はいままで、そいうふうにして生きてきた‥‥」と、西堀さんはおっしゃいました。 それが、ヒマラヤの話しになり‥‥次々に続くのです。 「直るものが直らない」という状況と、「直らないものが直ってしまう」という状況、これが生と死を分けるということです。 

  西堀さんのお話しを伺いながら、私は思わず涙が出てきてしまいました。物事に対する真剣さ、集中力を学んだ気がしました。仕事とは命がけの気概で取り組むものなのだな‥‥とも思いました。それまで、仕事に対して、基本的には楽しいが、煩わしいことも不愉快なことも多い。四捨五入すれば楽しい‥‥ぐらいの気持ちでしたが、西堀さんのお話しを聴いて、仕事というものは本当は美しいものなのだな‥‥自分もそういう美しい仕事をしたい‥‥と考えるようになりました。29歳の頃の懐かしい話しです。 

  西堀栄三郎さんほどではないにしても、仕事をする人は、大体こうでした。原子炉の事故、JRのトンネル事故、雪印乳業の事件‥‥「タガが緩んでしまった日本」としか言いようの無い今日のようなことはあり得ない時代でした(オット、愚痴っぽくなってきたぞ!)。若い人たちには、美しい仕事をして、緩んだタガを締め直していただきたいと思います(オット、年寄りっぽくなってきたぞ!)。 南極行きの予定は来年の春‥‥実現できるかな?