2000年2月12日 / 「日本の破産法‥‥変わります!」
昨日の日経新聞に私の対談記事が載っていました。田嶋さんという女性起業家が私に質問する形の公開対談の抄録です。田嶋さんという方は、話の引き出し方が上手な方で、思いがけず話が弾みました(公開対談という形は、自分でペースを作りにくいせいでしょうか、これまで上手く行ったことがありませんでした)。200人ほどの聴衆の方も興奮して下さったようです。この日のテーマは、日本とアメリカの破産法について。16年前の起業当時から、特許法と破産法の改正を(分不相応に)叫んで旗を振ってきましたし、会社更生法をも、身をもって体験していますので、このテーマには、私は最も相応しい一人かもしれません。
活力も気力も無くした大企業に替わって、起業家がどんどん主役の座に踊り出て、国全体が蘇り始める――私が大企業の研究開発者から起業家に転じた16年前(1984年)に、アメリカで目にした光景です。本当に驚きました。 「10年後の日本はこうか」‥‥理由も無くそう感じて、「アメリカ」を実地で研究してみました。
「機会均等」「特許法の改正」「破産法の改正」――この3つが基本――アメリカの起業家たちが口を揃えて言っていたのが、このことでした。「何年かがかりでこの3つが整って、起業家が本当に活躍できるアメリカにやっとなった」‥‥そう言うのです。初め、耳を疑いました。「機会均等な国」で、「発明を大切にする国」で、「チャレンジが好きな国」‥‥それがアメリカだと、ずっと思っていましたから。起業家が輩出するには、“あの程度”の「機会均等」「特許法」「破産法」では駄目だったのだそうです(“あの程度”でも、日本とは雲泥の差なのですが)。聞いているうちに、よく分かりました。“あの程度”では、確かに駄目なのです――あのアメリカですら‥‥‥‥といったようなことが有って、「機会均等」「特許法の改正」「破産法の改正」の3つ‥‥と、受け売りで旗を振りつづけたというわけです。
「チャプターイレブン」という言葉をお聞きになった方は多いと思います。アメリカの連邦破産法第11章のことです。1979年に制定されましたが、血を通わせるのに数年掛かりましたので,
実際に効力を発揮し始めたのは、1984年頃からです。とてもシンプルな法律です。経営者がチャレンジして躓いたら、直ぐに保全をはかる(ヤクザが取り立てにはこられない)。事業内容を分析して、社会性や収益性の高い部分と、低い部分に分ける(味噌と糞を一緒にしない)。社会性・収益性の高い部分だけを、負債抜きで売りに出し(収益性の高い事業が負債抜きなので、例外なく高く売れる)、得たお金を、先ずは、経営者の子供の育児資金に(さすがアメリカ!)、次いで再チャレンジのための費用に優先的に割き、残りを債権者への弁済に充てる。経営再建は原則的には前経営者が継続し、再建開始までを6ヶ月以内に行う。これだけです。
味噌と糞を一緒にして(表現が汚くて失礼)負債付き――これが、それまでのアメリカ(現在の日本)の破産法でした。決して高く売れないから、債権者にとっても、ちっとも得にならない。経営者は再チャレンジの道を塞がれる。社会性・収益性の高い事業、それにチャレンジする人間という国の宝が葬り去られる――どっちが得か、誰が考えても分かりそうなことですが、あのチャレンジ好きのアメリカですら、失業率7%以上、国民総自信喪失という、あそこまで追い込まれなければ分からなかったというのは、何か不思議な気すらします。
ともあれ、アメリカはチャプターイレブンを実現しました。プロパテント(速く広く強い特許というアレです)も実現しました。機会均等(狭い意味では規制緩和)も実現しました。そして、
起業家が輩出して、世界一元気の無い国が、世界一元気な国に蘇りました。
旗を振りつづけていたら、特許法改正の枠組み作りのお鉢が回ってきた‥‥‥‥と以前にこの欄(99年11月10日)で書いたことがあります。残るは破産法だけか‥‥と思っていたら、97年の暮れに、通産省から電話がありました。「破産法改正に本気で取り組みたい。手伝ってくれ‥‥‥」というのです。「こうこなくちゃ!」と、ちょっと嬉しくなりました。倒産法制研究会という形で出発して、枠組み作りをお手伝いしました。旗を振りつづけていると、風向きが変わった時に、こういう役が回ってくるのですね。
日本の破産法が最近、改正されました。チャプターイレブンには遠く及びませんが、かっての日本では考えられないほどの大きな飛躍で、起業家にとっては福音です(長くなり過ぎましたので、詳細は別の機会に譲ります)。「10年後の日本はこうか」‥‥と16年前に思ったことは、10年遅れで(つまり今から4年後)実現しそうです。