2000年2月5日 / 「本田宗一郎さんの思い出」
ウィーンのフローレンスさんのことを、先週のこの欄で書いていたら、本田宗一郎さんのことを想い出して、書いてみたくなりました。20年以上も前の古い話です(本田宗一郎さんのことが新しい話のはずはありませんが)。
当時、私は大手企業の研究所の若きエースでした。大手企業の研究所というのは、会社のアクセサリーのようなもので(研究もするのですが)、お客さんの来訪が絶えません。実業家や政治家や学者や外国の要人や‥‥‥とにかくお客さんが多いのです。お客さんがVIPですと、案内役は、エースの仕事です。この仕事が、私は嫌で仕方がありませんでした。研究に没頭したいのに‥‥ということもありますが、もっと大きな理由は、VIPの方々がそろって尊大で、私の説明を聴くよりも「俺は偉いんだぞ‥‥」の電波を発することの方に熱心なのが嫌だったからです(若い時って、そんなですよね)。唯一と言ってもよい例外が本田宗一郎さんでした。初めてお見えになった時は、大学教授2人(尊大な)を従えて研究所を見学されました。どうせまた‥‥‥と嫌々出迎えて、驚きました。田舎からでてきたばかりのオッサン(失礼)なのです。説明を始めてから、もっと驚きました。「ホーッ、ホーッ」と言いながら100%集中して聴いて下さって、「偉いんだねーっ」と、心から尊敬してくださるのです。いつもの尊大なVIPとは正反対です――痺れました。
当時の研究所長が本田宗一郎さんの親友でしたから、それからも時折遊びにいらっしゃいました。研究所長の教育的配慮だと思いますが、本田宗一郎さんと研究所長、それに私だけで会食という機会が何度か与えられました。何しろ、前段の研究所案内で痺れていますから、100%尊敬の念をもって聴いたのでしょう。神の声を聴くようなものです。一言一句が身体に染みとおるように入ってきました(生意気盛りでしたので、普段は人の言葉はほとんど撥ね返していたのに‥‥)。
本田宗一郎さんに教えて頂いたことの一つは、こういうことです。「僕なんか小学校しか出てないでしょう。だから、人にものを訊くのは、ちっとも恥ずかしくない。分からないことや苦手なことは全部訊いちゃうんですよね。だから、自分の得意なことに集中できた。今の若い技術者は気の毒ですね。学歴が高いからか、人にものを訊くのを恥ずかしがって、何でも自分でやろうとするんですね。だけど、音楽も体育も数学も、何でも得意な人なんていないんでしょう。なんでも自分でやろうとする人は、結局、自分の一番苦手なことで仕事の質が決定されてしまう、勿体無いですね」‥‥‥と、田舎のオッサンの口調でボソボソと。
ショックを受けました。「何でもできる」のを得意にしていた私だった(かなり無理をして‥‥)からです。次の日から、やり方を180度変えました。自分が日本一(本当は世界一と言いたい処でしたが、ちょっと甘くして)得意なこと以外は、世界一得意な人に訊くか頼む。 すると、仕事の質もスピードも段違いに高くなったのです。 後に、大企業から独立して、得意なこと以外は一切を外部の企業に委託する方式を迷わず選んだのも、原点はココです。今でしたら、当たり前の、アウトソーシングということでしょうが、当時は稀有のことでしたから、本田宗一郎さんの教えなくしては考えられないことです。
本田宗一郎さんを、私は恩人と思って、いまでも尊敬と感謝の気持ちは衰えていません。本田宗一郎さんの仰った「なんでも自分でやろうとする‥‥」のは、技術者だけの話ではなく、教育
の話にも通じるものでしょう。才能を育まない教育ではなく、本田宗一郎さんを生み出すような教育、ウィーンのフローレンスさんのような教育に、私たち大人が軌道修正していく必要がありそうです。