2000年1月15日 / 「長唄は至高の芸術?」
イジメを生まない“カレジオリティーの考え方”を、ジュリア・イーストマンさんからの受け売り話として、この欄で紹介したことがあります(99年12月22日付け)。ジュリアさんという方はお会いする度に、感心するやら、「まいったな!」という気分にさせられるやらの、知性の高い女性です。今回も「まいったな!」の話の受け売りです。
(私)「What are you ‥‥‥(最近、何をやっているんですか?)」
(J)「I am ‥‥‥(長唄の練習に励んでいます。先生の処に通って)」
(私)「Why ‥‥‥(何で、よりによって、あんな退屈な音楽を?)」
私は、イッパシの音楽家気分に、実はなっています。チェロという楽器を40年もしつこく弾いてきたものですから。イッパシの音楽家(?)にとっては、長唄――ハハン、勧進帳とかを、妙な節回しで唄う、世界一退屈なアレか!‥‥‥といった程度の認識だったのです。
(J)「長唄では、謡いの合いの手に、三味線を“ベン”と鳴らしますね。あの“ベン”が、絶妙なタイミングなのです。名人が“ベン”とやると震えがきます。まさに芸術なのですが、私がいくら真似して“ベン”とやっても、まったくサマにならないのです」
(私)「???」
(J)「名人の“ベン”を何回も聴いている内に、あることに気付きました。名人の“ベン”は、リズムから完全に外れているのです。ずれているのではなく、外れているのです。そこに何かの規則性(外し方の規則性)は無いかと追求しましたが、規則性は見つかりません。では、デタラメかというと、名人の“ベン”は、デタラメとは異質の“芸術”なのです」
(私)「‥‥‥‥‥‥‥」
(J)「クラシックの音楽も、ジャズも、中南米音楽も、東南アジアの音楽も、日本の歌謡曲も、民謡も‥‥世界中のあらゆる音楽は、程度の差こそあれ、“リズミック”なのです。長唄は、世界で唯一の“オフ・リズム”の音楽なのです」
(私)「!!!」
(J)「世界で唯一の“オフ・リズム”の音楽が、この日本に有って、高い芸術性を実現している。私はとても感動しました。何とかして、この“オフ・リズム”の芸術を会得したくなりました。名人の先生の処に1年ほど通っていますが、まだ会得できません。でも、聴いている人が震えるような“ベン”を実現するまでは諦めません。こういうことを学ばねば、日本に来て住んでいる甲斐がありません」
(私)「!!!!!!(脱帽)」
またしても、「まいったな!の巻」です。外国人に日本の音楽の意味を教わるなんて、イッパシ
の音楽家としては、ちょっと癪ですが、大きな勉強ができて、本当のイッパシになれたような気
がしました。感性を鋭くすると、身近にいろんな宝物がころがっているんですね。
ジュリアさんの知性に、敬礼!