2000年1月1日 「果報者になりましょう!」

 明けましておめでとうございます。 皆様にとって、そして母なる星・地球にとって素晴らしい一年でありますように‥‥‥そんな気持ちを込めて、今年はちょっと、「縁起のいい話」から始めてみたいと思います。

 ふだん、私たちは「縁起がいい」「縁起が悪い」などと、“縁起”という言葉をなんとなく気分で使っています。 ご存知でしょうが、この言葉は仏教用語からきています。 「因縁生起」という熟語が、そのおおもと。 ものごとが起こるための要素には2種類あると考えられていて、一つが、そのものに潜在している素質――これを「因」。そして、二つ目が、後天的な要素・環境条件によるもの――これが「縁」です。 この二つをまとめた「因縁」という要素があって、ものごとが起こる‥‥ということのようです。 ですから、「縁起がいい」という言葉は、本来は「もって生まれた素質に加えて、環境条件に恵まれている」という意味で、いまの私たちの解釈とはずいぶんと違った含みをもっています。

 同じように、「果報者」という言葉も、ふだんは、「運のいい人」といった程度の意味で使われています。 ところが、この場合も、「因」に対する結果を「果」といい、「縁」に対する結果を「報」というわけですから、「素質と環境条件の調和がとれて、良い結果が生まれている人」と解釈するのが、本来の意味にもとづいていると言えます。 

万事スピードの現代に生きる私たち(人も、企業も、社会も‥‥)は、ともすると、素質だけで突っ走ったり、環境条件だけで諦めたり、自分の欲望で支配しようとしすぎたリ‥‥‥といった、焦った生き方になりがちですが、素質と環境条件の調和を無理なくはかって、良い結果を生み出す‥‥といった、各駅停車の生き方に少しばかり、戻してみてはどうでしょうか?「果報者」になる秘訣は、その辺にありそうです。

このように、まわりの環境との調和をはかるという意識を、人間と自然、人間と他の生命体という関係にまで引き上げていくと、地球環境への関心も自ずと高まっていくのではないでしょうか。 自然環境を、無理やり人間の都合に合わせていくのではなく、人間の素質を自然環境に調和させていく‥‥‥そんな在り方が、これからの人類の姿勢に求められていると思います。 私たちも、本当の意味での「縁起のいい人」「果報者」にならなくてはいけませんね。

西暦2000年が、皆さまにとって、地球にとって、縁起のいい年となりますように(合掌)