電気洗濯機の不思議なチグハグ

 全自動電気洗濯機は本当に便利です。ボタン一つ押すだけで、後は全部マイコン制御でやってくれます。この便利な洗濯機は、「洗い」(洗剤を使って汚れを落とす)と「すすぎ」(水を使って洗剤を落とす)にどれくらいの比率で電力と水とが使っているのか分知りたくなりました。そこで標準的な電気洗濯機を使って測定してみました。標準モード運転の場合の結果は図13の通り――電力の6割、水の7割は「すすぎ」に使われていました。合成洗剤は強力ですから、汚れは落ちやすいのでしょうが、洗剤が落ちにくいという印象を新たにしました。合成界面活性剤や蛍光剤を含む強力な洗剤ですから、完全に落ちて欲しいものです。そこで、どれくらい完全に落ちたのか調べることを試みましたが失敗しました(統計的に信頼できるデーターを得られなかった)。根拠薄弱ですが、0.5%〜1%程度が洗濯物側に残存し、99〜99.5%がすすがれて、下水に流されたと推定されます(調査に成功した方は、ご教示ください)。完全にすすぐためには、もっと多くの電力と水が必要のようです。 

 汚れを落とすのに、電気洗濯機の消費電力の何%が有効に使われているのかを、次に知りたくなりました。水が得た運動エネルギーを分子に持ってきて‥‥という効率の定義は(ポンプではありませんから)うまくありません。「手と洗濯板でもみ洗い」というのが、エネルギー効率は最高(人類の長年の経験の集大成ですから)‥‥という予断に基づき、「手と洗濯板でもみ洗い」した時に手が行った仕事量を電気洗濯機の消費電力量で割り算することによって、相対的な効率を算出することを試みました。2300cuのハンカチ1枚を手と洗濯板でもみ洗いし、電気洗濯機で洗濯した場合と同程度に汚れが落ちるまでに手が行った仕事量を測定してみました。10枚の平均値は47g重・mでした。洗濯機のキャパシティはこのハンカチ40枚程度ですので、40倍すると約2kg重・m=20W秒になります。一方、「洗い」のために消費された電力量は120W×10分=72,000 W秒でした。したがって、相対的な効率は20÷72000=1/3600――つまり、エネルギー効率だけを論じるのであれば、電気洗濯機の効率は「手と洗濯板でもみ洗い」の3,600分の1という、予想外の結果となります。アバウトの極みの実験ですから、桁違いくらいの誤差はあるかもしれませんが、いずれにしろ愉快な結果にはなりました。「手と洗濯板でもみ洗い」は本当に辛かった――だからこそ、電気洗濯機の登場となった――のですが、辛かった原因は、揉むエネルギーの消耗が辛かったのではなくて、手が冷たいとか、手が痛いとか、同じ姿勢で長時間が辛いとか‥‥だったのかもしれません。ちょっと愉快になってきました。
 
 なぜ3,600分の1なのか(計算が正しいと勇敢に仮定して)を考えてみます。原因は2つ――表面張力と境界層と考えられます。布は繊維が織られてできているのですが、汚れの化学成分は一般には繊維のミクロな構造に付着しています。ですから、洗剤の化学成分も同様に繊維のミクロな構造にまとい付くように分布させられれば、汚れと洗剤とが遭遇して、化学変化を生じ、汚れは消えるのですが、繊維が疎水性(水をはじく性質)の場合には、布の表面および繊維の表面に表面張力を持った空気の膜が形成されて、水(したがって洗剤)の浸入を阻みます。合成洗剤に混ぜられている界面活性剤は、この表面張力を破って浸入する役割を果たしますが、限界があります。また、汚れと洗剤が遭遇して化学変化が生じても、布と水の間に相対的な動きがなければ、化学変化は連続して起こりませんし、汚れが布から外に運び出されません。そこで電気洗濯機では水を回転させますが、同じ向きの回転では直ぐに衣類と水が一体になって回ります。固体と流体の間の相対的な速さが小さいと(層流という)、固体側の表面には境界層という流体の薄い膜が形成されて、固体・流体間の物質移動を阻みます。そこで、相対速度を速くして(乱流という)、境界に細かい渦を発生させ、境界層を壊してやる必要があります。そのために、電気洗濯機では、回転の方向を頻繁に逆転させます。水と衣類が一体になって回転している時に、水だけいきなり逆転させるわけですから、衣類は慣性の法則にしたがい、水は慣性の法則に逆らうことになります。スピードがつくたびに水全体を逆方向に回らせるわけですから、膨大な仕事量が要る理屈です。
 
 手と洗濯板でもみ洗いの場合は合理的です。局所的に洗濯板に押し付けながらデコボコの洗濯板の上を滑らせますから、界面活性剤の助けを借りなくても、表面張力も境界層も簡単に破られ、汚れと洗剤は容易に遭遇して、化学変化を起こしながら運び去られます。流体力学的には合理のきわみと言ってもよさそうです。前時代的な「手と洗濯板でもみ洗い」の方が合理的で、近代的な電気洗濯機が不合理――これはとても愉快な話です。私たちは電気のあまりの偉大さに頼りすぎて、不合理な電気の使い方をしてきたのかもしれません。「3,500分の1」が若し本当なら、改良の余地は3,499も有るというわけですから、またまた希望が湧いてきそうです(楽観的過ぎるかな!)。
  


電気洗濯機の電力と水の使われ方

    
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