「無農薬有機コーヒー/カルロスさんの闘い」

 ジャカランダ農場のコーヒーの実が、赤く色づき始めています。すっかり赤くなる5月から8月までが収穫の時期だそうです。 南天の実を一回り大きくした感じの、齧ると甘い(無農薬だから平気で齧れます)、柔らかい実です。 実から種を取り出して干せばコーヒーの生豆の出来上がり‥‥‥と書くと簡単なようですが、これがオーがニック(無農薬有機栽培)となると、堆肥づくり(1本のコーヒーの木に4〜5キロの堆肥が必要)とか、雑草や病害虫との戦い‥‥ナドナド、大変な作業が続きます。ですから、誰もやらない。 農薬を撒けば雑草も病害虫もイチコロ、化学肥料なら買ってきてまくだけ、経費も格安―――しかし、大地はやせ衰え、子供の体の中は化学物質だらけ―――というわけです。 

 カルロスさんの曽祖父にあたる、ジョン・マノエル・フランコが最初のコーヒー樹を植えたのが1856年、それから100年の時を経て、ブラジルの農業は、農薬と化学肥料の登場によって、大きな転換期を迎えました。 「ブラジルの奇跡」と呼ばれた1968年から1974年の急激な高度成長の陰で、1.3

億ヘクタールもの広大なブラジルの耕地を舞台に、ドイツやアメリカ企業による農薬や化学肥料の熾烈な販売合戦が展開されました。企業が派遣した農学者が実験データを持って農場に出没するなど、

カルロスさんのジャカランダ農場でも、メーカーの営業は日増しにエスカレートしていきました。

 周辺の農場が次々に農薬を導入していく状況にあって、農薬に対するカルロスさんの危機感は募るばかりでした。除草剤を散布した場所で見た小鳥の死骸。農薬散布されたコーヒーの実をうっかり食べて、口の中が腫れ上がるような感触を味わったこと……そうした体験から、自分の農場ではごく少量の農薬しか使わないように心がけていました。 そんな矢先、カルロスさんの次女テルマが可愛がっていた7頭の牛が、農薬入りの水を飲んで死ぬというショッキングな事件が起こりました.。その2年後、当時サンパウロ大学で生化学と薬学を学んでいたテルマから、農薬の取り扱いに関する細かい注意が書かれたレポートが送られてきたのです。レポートに目を通したカルロスさんは、「農薬の使用は、生産者にとっても、消費者にとっても自然環境にとってもよくない」と判断。1978年から段階的に使用を減らしていって、1983年を境にジャカランダ農場ではまったく農薬は使われなくなったのです。

 農薬や化学肥料メーカー、大量にコーヒー豆を生産できる巨大農場と、それを買い占める商社だけが儲かるように作られた近代農業のシステムそのものへの激しい憤りを、カルロスさんは抱いていました。しかも、化学肥料を多用することは、一時的には安定した収穫を約束してくれますが、最終的には土壌のバランスを崩し、地力を衰えさせます。病害虫が発生し、結局は殺虫剤や殺菌剤に頼るという悪循環に陥ってしまいます。 それに比べて有機農業は自然を痛めません。多くの手間が必要とされるため、たくさんの人々の仕事をつくることもできます。ただ、即効性のある化学肥料から有機肥料への過渡期では、大幅に収穫が減少するというリスクはつきまといます。そこで、カルロスさんは農場経営のダメージを最小限に食い止めるため、86ヘクタールの耕地を4つの地区に分けて、段階的に有機栽培への切り替えを試みました。そして、1996年にはすべての地域で有機栽培コーヒーの生産が可能になったのです。

 「次の世代に豊かな自然と希望を残すことこそ本当の豊かさです」と語るカルロスさん。カルロスさんの長年の努力が実り、オーガニックコーヒーはブラジルで市民権を得て、徐々に増えているとはいうものの、その比率はたったの0.%(エッ!)。 カルロスさんと中村隆市さん(カルロスさんの日本のパートナー。ジャカランダ農場のコーヒーの8割は中村さんが仕入れて日本で販売しています)の奮闘は、まだまだ続きそうです(頑張れ、カルロスさん、中村さん!)。

(2000年4月15日 by 藤村)

クモの楽園」

 クワッと照りつける太陽と、むせ返るような緑、アコーディオンの伴奏付きで全従業員に温かく迎えられました。カルロスさんのジャカランダ農園―――サンパウロから車で4時間、ミナス州のマシャード市近郊にある無農薬有機栽培のコーヒー農場です。 カルロス・フェルナンデス・フランコさん、73歳。 慈愛と風格に満ちた、素敵なお年よりです。

 農場を案内していただきました。驚かされたのは、クモの多さです。メチャクチャな巣が10セットくらい入り乱れていて、そこに20匹くらいのクモがウジャウジャ。木の枝で払うと攻撃的に飛びかかろうとします。整然とした巣を張って、孤独に、つつましやかに暮す日本のクモとは好対照――まるで、リオのカーニバルと歌舞伎の違いです。

 巣がメチャクチャなのは、メチャクチャでも引っかかるくらいに虫が多いということなのか、それとも他の生物に壊されてしまうので整然と張る暇がないのでしょうか? 攻撃的なのは生存競争が激しいからでしょうか? ウジャウジャと多いのは、餌になる虫が多いからでしょうが、虫が多いということは、小鳥も多いということで、小鳥が多いということは‥‥‥‥つまり、多様な生物が闘いながら共生しているということなのでしょう。

 「農薬を使わないのは、このクモを守るためです」‥‥とカルロスさんはおっしゃいます。「持続可能な農業無しには、人類を含めた生物の未来は無いこと」、「持続可能な農業は、“生物の多様性”の維持でしかなし得ないこと」、そして「生物の多様性の維持は、農薬と化学肥料に依存した農業では実現できないこと」‥‥‥を、「クモを守るため‥‥」と表現したのでしょう。有機無農薬のコーヒー栽培をブラジルの地に根付かすために、何十年も苦労してきたカルロスさんにして初めて言える「クモを守るため」なのでしょう。

 “生物の多様性”は(クモ以外にも)至る処で感じ取れます。 コーヒーの木のそばには、豆の木やバナナ、その他の植物が混在しています。一見邪魔そうな大木も切らないで残されています(農場の名の由来の、ジャカランダという名の木も植わっています)。 例えば豆の木は、空気中の窒素を取り込んで土中に固定化する‥‥‥といったように、それぞれの植物が役割を発揮して、化学肥料を不要にしています。

 地面から30センチくらい下の土も、握り締めると半分の大きさになるくらいにフワフワ―――この柔らかさは感動的です。土中の微生物が豊富な証拠です。表層の腐葉土の養分は雨と一緒に土中に沁みこみ、その養分を微生物が分解して‥‥‥目には見えない微生物が、“生物の多様性”あるいは“共生”の、(例によって)決め手です。

 (微生物が一杯の)柔らかい土の感触を楽しみながら、カルロスさんのジャカランダ農場が、いつまでも“クモの楽園”であり続けてほしいと、祈りたい気持ちになりました。

(2000年4月8日 by 藤村)

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