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吸引式(真空式)の電気掃除機はアメリカで発明されて、発達しました。アメリカでは靴のまま家に上がります。西部劇に出てくる皮のブーツは脱ぐのが大変だったから‥‥とか、理由はいろいろありますが、とにかく靴を脱がない国民です。木の床のままでは、硬い靴底の衝撃が不愉快ですから、毛足の長いカーペットを敷くのですが、靴が運んでくる土埃がカーペットの底に溜まってしまいます。箒ではこの土埃は掃き出せません。なんとかこの土埃を取り出せないか‥‥という必要から発明されたのが吸引式掃除機です。1899年に米国ゼネラル・コンプレストエア・アンド・バキューム社により発明された掃除機は電動送風機を高速で回転させ、内部の空気を負圧(大気圧より低い圧力)にして、ごみを吸引するという原理で、今日普及している電気掃除機とまったく同じ原理のものでした。何としても取れなかったカーペットの底の土埃が驚くほどよく取れますから、この掃除機は爆発的に流行しました。ヨーロッパでも1901年,
イギリス人ヒューバート・S・ブースによって真空式電気掃除機が発明されて大歓迎されます。ヨーロッパも「土足にカーペット」だったからです。
吸引式掃除機は日本にも1910年代に輸入されたのですが、流行りませんでした。芝浦製作所(現在の東芝の前身の一つ)が1931年にゼネラル・エレクトリック社製をモデルに開発した国産1号機(アップライト型)も流行りません。「土足にカーペット」ではなかったからです。
1964年の東京オリンピックを境にして、日本は豊かさを求めて、まっしぐらに高度経済成長路線を走り出します。豊かさのモデルは欧米の生活スタイルでしたから、建築も洋風化してゆきます。靴のまま上り込むスタイルまでは取り入れないのですが、カーペットは大流行になりました。お金持ちの順にカーペットを敷き込みます。カーペットは金持ちの象徴になり、金持ちでない人も頑張ってカーペットを導入します。足並みを揃えて、吸引式の電気掃除機も大流行となります。
1990年代になると、もはや欧米熱は冷めています。冷静に考えると、温暖多湿の日本では、カーペットはダニ・カビの温床になって健康によくないことに気付きます。子供のアレルギーも社会問題になり始めました。お金持ちの順にカーペットをはがしてフローリング(板敷き)に戻してゆきます。今度は板敷きが金持ちの象徴に替わります。かくして、床は板敷きに戻りましたが、掃除道具は箒には戻りませんでした。畳や板敷きでしたら箒の方が上手く掃除できるのですが、「掃除は電気掃除機でする」習慣――あるいは電気掃除機が高級で箒は低級という感覚――が染み付いてしまっていますから、箒には戻らなくなってしまったようです。
因
みに、電気掃除機の普及率は、1980年時点ですでに96.1%、1990年には98.1%――つまりどこの家でも電気掃除機――という状況に至っていたのです。文化の歴史では、こういったチグハグさが生じるから愉快です。
掃除機の原理を実感する実験をちょっとやってみましょう。手のひらの上に(ゴミに見立てた)小さな紙切れを置き、これを息で移動してみます。紙切れと口の距離は10センチくらいに離してください。先ずは息を吹きかけて紙を動かしてみましょう。紙は簡単に飛びましたね。今度は吸って動かしてみます。顔が赤くなるまで吸っても、紙はビクとも動きません。吸う場合には、空気の勢いを遠くまでは及ぼせないからです。吸って動かすのは不合理――誰でも知っていることです。ロウソクやマッチの火を、息を吸って消す人はいませんものね。
しかし吸引式の掃除機の原理は、まさにこれ――負圧(大気圧より低い気圧)を作って、空気の速い流れを生み出し、その流れにゴミを乗せて運ぶ――つまり、不合理に吸って動かします。空気の流れが速くなくては動きません。速くするためには、大量の空気を動かさなければなりません。かくして、吸引式の電気掃除機は、顔が赤くなる以上の力で、大量の空気を吸い込んで、少量のゴミを移動します。
吸って動かすのが、どれくらい不合理か、ちょっと効率の計算をしてみましょう。〔効率〕=〔移動されるためにゴミがなされた仕事量〕÷〔消費した電力量〕と定義して効率を計算します。〔発生した風のエネルギー〕÷〔消費した電力量〕で効率を定義するのが普通(カタログに載っているのはこれ)ですが、扇風機ではなくて掃除機なのですから、前者の定義の方がよさそうです。家中を電気掃除機で掃除してみました。消費電力1kW(キロワット)の強力型です。さして広い家ではないのですが、30分かかりました。消費した電力量は0.5kW時。1kWは1,000W(ワット)で、1時間は約4,000秒(正確には3,600秒だけど)ですから、0.5kW時≒2,000,000W秒。30分で集めたゴミの重さは5gでした。吸い込み口からゴミ袋までの距離は約2mですから、ゴミがなされた仕事量は10g重・m(仕事=力×距離――中学の理科で習いましたよね)。ここで、1kg重・m≒10W秒とすると(正確には9.8W秒だけど)、10g重・m≒0.1W秒。〔効率〕=〔ゴミがなされた仕事量〕÷〔消費した電力量〕=〔0.1〕÷〔2,000,000〕=1/20,000,000――つまり、効率は2千万分の1という結果になります(冗談半分のアバウトな計算ですから、細かいことには目くじらを立てないでくださいね!)。
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