「きみたち、発明家になってみないか?」

    
この文は、05年夏に大阪で行われた「未来の学校」の経験を小学生向けに出版したテキストの一部の抜粋です。
原稿執筆者は藤村です

   

君たち、発明家になってみないか?

君たち、発明家になってみないか? 発明家っていうのはね、左手には魔法の杖、右手には打出の小槌を持っているようなものだ。 魔法の杖というのは、一振りでカボチャを馬車に‥‥というアレ。打出の小槌というのは、一振りで黄金小判がザックザク‥‥というアレさ。 発明家の場合は一振りでというわけにはいかなくて、試作(ためしに作ってみること)や実験を何度も何度も繰り替えす。1週間くらいでうまく行くこともあるけど、1年かけても駄目なこともある。 駄目なときにはがっかりするけど、上手く行って、たくさんの人が驚いてくれると本当に嬉しい。わが子が生まれた時の嬉しさと言えば分ってもらえるかな?わが子は僕の場合は3人だけだから3回しか嬉しくなかったけど、発明の方は1000を越したから、1000回以上嬉しかった。 

発明家はお金を儲けようと思えば簡単にできるけど、それが目的ではない。発明家は人を驚かして喜ぶのだけど、それが仕事ではない。発明家の本当の仕事は、「いい人が困っていたら、発明して何とかしてあげる」ことだ。悪い人が困っていても、いい気味だから何もしてあげないのだけど、実は悪い人はあまり困っていない。困っているのはたいてい、いい人だ。困っているいい人が世界中にたくさんいて、その数が増え続けている。だから発明家の仕事は尽きない。どうだい、君たち、発明家になってみないか?

アフリカのナイジェリアという国は人口が13千万人くらいだから、日本よりも少し多いくらいだね。この国では、水が悪いからというだけで、20万人もの子供が毎年命を落としている。「ペットボトルに入ったミネラルウォーターを買って飲めばいいのに」と思うかもしれないけど、この子供たちの一家の一日の収入は、ペットボトル1本分より少ないのだから無理だ。「じゃ、もっと仕事をして稼げばいいのに」と思うだろう。でもこの国では失業率が60%くらいで、なかなか仕事につけないのさ。ナイジェリアというのはよほど貧しい国だと思ったかもしれないね。だけど、この国くらいがちょうど世界の平均なのだ。「たかが水が悪いというだけで20万人もの子供が毎年命を落としてたまるものか」と僕は思った。「これくらいのことを発明家が解決できないでたまるか」と僕は思った。だから僕はこれからナイジェリアに行ってくる。僕の人生はこんなことばっかりだ。どうだい、君たちも発明家になってみないか?

発明家になる方法

科学者や研究者というのは、専門分野を狭く定めて、何十年もかけて新しい原理や技術を探求する人たちのことだ。遺伝のメカニズムを解明したり、宇宙にロケットを打ち上げたりとかね。発明家は科学者や研究者とは違って、広い分野で次々に新しいものを生み出して行く。僕の場合は30年で約1000個の発明だから、 11日に1個の割合で発明してきたことになるのかな。どうしてこんなにたくさん発明できるのか不思議に思うだろう。その理由は、「発明というのは既に存在する複数の素材の組み合わせに過ぎない。組み合わせ方が新しければ発明、新しくなければ発明ではない」からだ。素材というのは、原理だったり材料だったり、製品だったり‥‥と、いろいろ。つまり、発明というのは組み合わせに過ぎないのだから、素材をたくさん知っていて、組み合わせ方のコツを知っていれば、だれにでも簡単にできる‥‥というわけさ。それと、試作や実験の仕方も知っていた方がいいね。

 だから、発明家になろうと思ったら少年時代に3つのことだけをこころがけておけばいい。一つ目は好奇心を失わないようにすること。珍しいものにはなんにでも興味を持つ。珍しい現象(できごと)には「不思議だ!なぜだ?」と考えて、分らなければ誰かに聞く。インターネットで調べてみてもいいかもしれない。「わかったような、わからないような」ではなく、「ヘエーッ!」と感心するところまで踏み込んでおくこと(このことを納得すると言う)が大切だね。きみたち少年は好奇心の塊のはずだが、いつの間にか好奇心が薄れていって普通の大人になってしまう。「わかったような、わからないような」にとどめるからだ。「ヘエーッ!」を忘れないことだね。これで発明のための素材が頭の中にどんどん貯め込まれてゆく。一年生きれば一年分、10年生きれば10年分も貯まる。50年も生きれば50年分も貯まってすごいことになる。

2つ目には「誰が困っているのかな?」と、たまには考えてみること。自分のことばかり考えていては発明家になれない。誰かが困っていることを見つけたら「それを解決したい」と強く思う。こうして発明のテーマが頭のなかに貯め込まれてゆく。すると、ある時「素材と素材の組み合わせ」が頭の中で起こって(これをインスピレーションと言う)困ったことが解決される。

3つ目は工作が得意になるようにすること。TVゲームやコミックのような他人が作ったものを楽しむだけでは発明家にはなれない。なにか作ってみたり、組み立ててみたり、たまには料理の手伝いをしてみたりとかね。

この3つだけでいい。これで君たちは発明家になれる。むずかしくはないだろう! どうだい、君たち、発明家になってみないか?  

里山は発明の宝庫

 原生林や高山と違って、里山は直ぐに行けるし、入り込みやすいし、危険もすくない。蚊にさされたり、狸に出くわしたりするくらいが関の山だ。身近にある割には、里山は「不思議だ!なぜだ?」の材料に満ちている。目を開き、耳を澄まし、鼻を膨らませてゆっくり歩く。これが里山の歩き方だ。もう一つ大切なことは、なんにでも触ってみること。そして、見えたもの、聞こえた音、嗅いだ臭い、触った手触りに、時には舐めてみた味に「普段の町の中と違うこと」があったら「不思議だ!なぜだ?」と思ってみる。ボーッとしていると、一つも「不思議だ!なぜだ?」は見つからないかもしれない。でも、好きな女の子(あるいは男の子)のことを観察するときのようにしてみると(このことを感性を鋭くすると言う)「不思議だ!なぜだ?」だらけになる。それくらい普段の町中と里山は違う。例えば、家の中だと、食べ残したものはじきに腐って悪臭がただよってくるのに里山では葉が落ちて腐っているのに嫌な匂いはまったくしない。ほらね、不思議でしょう。なぜだ? 誰かに聞いたり調べたりしてみると「森の中では、土の中や葉の表面に、目に見えない大きさ(数百分の1mmくらい)の微生物が無数に(てのひらに乗るくらいの土の中に数万から数百万匹くらい)は生きていて、その微生物が葉っぱを上手に分解してくれる」ということが解って「ヘエーッ!」ということになるかもしれない。そうすると「待てよ、この土を持って帰って、家の生ゴミに混ぜれば、あの悪臭は消せるかな?」と、思いつくかもしれない。では、すぐにやってみよう。駄目かもしれないけど、上手く行くかもしれない。上手く行くと、困っていたお母さんが喜んでくれる(お母さんは必ずいい人だ)。ついでにお小遣いも奮発してくれるかもしれない。発明とは、つまりそういうことさ。

 「彩都 里山」で実現した「世界一素敵なバイオトイレ」

彩都 里山」の活動は千里国際学園の高校生がリーダーになり、企画(計画を立てること)・運営する。製作には中学生や小学生も加わる。僕たち大人は少しアドバイスするだけだ。

初めのテーマを決める段階でリーダーの高校生たちに僕は質問してみた。「上手くゆくにちがいないことをやってうまく行くのと、大きな夢にチャレンジして見事に失敗するのではどっちが楽しいかな?どっちがカッコイイかな?」。リーダーの高校生たちが、失敗することをおそれてチャレンジをためらっている気配が少しだけ伝わってきたからだ。この質問は難しすぎたようなので、「大きな夢にチャレンジして見事に失敗する方がずっとカッコイイと僕は思うけど、君たちはどうだい?」と言い換えてみると、「同感」という答えが返ってきて高校生たちのためらいは消えたようだ。そしてテーマが高校生たちによって生み出された。「巨大な水がめ作り」、「巨大なパン焼き釜作り」「バイオトイレ作り」‥‥どれもみなテャレンジングだ。設備が整った場所で大人がやっても難しいことを、なんの設備も無い里山の中で子供たちが作るのだから、見事に失敗する可能性の方がずっと高い。

失敗してもいいじゃないか。死ぬわけでも、他人に迷惑をかけるわけでもないのだから。「失敗は成功の母」と昔から言われるように、失敗したらやり直せばいい。そしてまた失敗したら、またやり直せばいい。新しいものを生み出して世の中を良くしたり、自分の夢を実現するということは、そういうことなのだから。

そういうチャレンジをしている時が本当は一番楽しいということを、僕はよく知っている。そういう人が一番カッコイイかどうかを、僕はよく知らない。

 「バイオトイレ」の話をしよう。バイオトイレというのは、ウンチを微生物の力で分解して肥料に変えてしまうトイレのことだ。肥料だから野菜や草木を育てる力がある。野菜や草木の食料と言ってもいい。その野菜を人間が食品として食べて、またウンチをして‥‥。つまりバイオトイレではウンチをすることは、役に立つ資源を生産する尊い行為だ。だから、僕はバイオトイレでウンチをするのが大好きで、バイオトイレを設置してある家を訪ねて行ってはウンチをさせてもらっている。上手にできたバイオトイレでは嫌な臭いはまったくない。柔らかい土にウンチがスポッとくるまれて、1週間くらいで土の一部になってしまう。その土を別な場所に移し、しばらくしてから草木にプレゼントする。 

 水洗トイレのことは知っているね。ウンチを水で下水に流す。水は川や湖から取水して、浄水場できれいにして、何十kmもの長距離を経て家に届く大切な資源だ。この大切な水を大量に使って下水道に流されたウンチは、何十kmもの長距離を経て下水処理場にたどり着き、そこで少しきれいにしてから、川や湖に捨てられる。こうして捨てられたウンチは川や湖に住む魚や水草の栄養になるどころか、害にしかならない。川や湖はマスマス汚くなる。その水を取水して、浄水場できれいにして‥‥ところが今度は水が汚すぎて、浄水場では十分にきれいにできない。害のある微生物だらけだ。困った。そこで塩素をたくさん混ぜて微生物を殺す。すると水道の水は不味くて飲めない。今度は塩素だらけでウンチだらけの水が下水道に流されて、川や湖に着く。魚や水草はもはや生息できない。こうしてみると、水洗トイレでウンチをするということは自然の環境を破壊する迷惑な行為だということがわかる。こういうことを知っていると水洗トイレでするウンチは一つも気持ちよくない。

 高校生が設計して小学生も加わって作ったバイオトイレは素敵の極みだった。写真を見てほしい。里山の傾斜に穴を掘る。微生物が一杯の土を里山の中から探してきて穴に詰める。この作業は主に小学生と親の分担だ。探し方は簡単だ。手で握ってみてフワフワの土を探せばいい。トイレの壁は渦巻き型で、里山から切り出してきた竹で作る。渦巻き型なので外からは見えないので、思い切ってドアは省略。天井も省略。だから山の爽やかな風が外から入ってきて上に抜ける。壁の谷側は切り抜いた窓になっていて、森の緑が美しい。中は2畳分くらいのぜいたくな広さだ。これはトイレというよりもカフェだ。こんなに素敵なトイレをよくも子供たちが作ったものだ。ここまできたらスグレモノの発明でスグレモノのアートだ。

 フィナーレで子供たちにエールを送った。「僕はバイオトイレでウンチをするのが大好きだから、世界中のバイオトイレで200回以上もウンチをしたけど、みんなが作ったバイオトイレでしたウンチが一番気持ちよかった。みんなが作ったバイオトイレは間違いなく世界一素敵なバイオトイレだ。やったじゃないか! すごいじゃないか! この勇気と感動を忘れないで欲しい」と。


崖側からの全景
     


道路側からの全景(左側が入り口)
渦巻き型になっているので扉は不要

内側から窓部を見る
     

微生物を多く含む柔らかい土が
便を分解してくれる

内部の床面
     

建築中の風景
    

(写真撮影  by Fujimura  ※出版されたテキストの写真とは異なります)

 

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